【1】細川ガラシャはなぜキリシタンになったのか?本能寺の変が運命を変えた!

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細川ガラシャは明智光秀の三女として、1563年(永禄8年)、越前国(現在の福井県)に生まれました。

ガラシャとは洗礼名であり、本名はたまと言います。

この記事では、ガラシャがキリシタンになった経緯について簡単に説明していきましょう。

【1】の続きはこちら⇒【2】細川ガラシャはなぜキリシタンになったのか?38歳の短い生涯に迫る

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ガラシャがキリシタンに惹かれ始めた経緯

ここでは、その経緯を3つに分けて解説していきます。

本能寺の変が起こる
細川家に戻ったガラシャ
キリスト教に惹かれ始める!

⒈本能寺の変が起こる

1582年(天正10年)、明智光秀が謀反を起こし、本能寺の織田信長を襲撃しました。

夫である細川忠興は、謀反人の娘となったガラシャを守るために味土野(現在の京都府京丹後市)の山奥に幽閉します。

⒉細川家に戻ったガラシャ

2年後、豊臣秀吉のはからいで細川家に戻ったガラシャ。

しかし、その間忠興は側室との間に子供をもうけ、周囲は一変していました。

忠興は愛ゆえにガラシャを監視するようになり、自由に外出も出来なくなったガラシャは心を閉ざすようになります。

⒊キリスト教に惹かれ始める!

そんなガラシャを心配し、忠興はキリスト教の話を聞かせるようになります。

忠興の友人、高山右近が熱心なキリシタンであり、忠興も多少の興味があったのかもしれません。

ガラシャも次第にキリスト教に惹かれ始めていきました。

全ての始まりは父・明知光秀の謀反から

父である明智光秀の謀反により、ガラシャの運命は変わっていきました。

忠興のガラシャを守りたいと言う気持ちが、幽閉や監視と言う歪んだ愛情表現になってしまったのでしょうか。

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