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(1)青天を衝けキャスト紹介・徳川斉昭・強烈キャラで頑固者・その生涯を簡単まとめ

徳川斉昭(とくがわなりあき)は、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜の父であり、常陸国水戸藩(現在の茨城県水戸市)の第9代藩主でもあります。

強烈なキャラクターで、尊王攘夷思想を常に訴えていた人物でもありました。

青天を衝けでは、竹中直人さんが演じています。

今回はそんな徳川斉昭について、2回に分けてご紹介しましょう。

第9代水戸藩主に就任

ここでは、下記の2項目についてまとめました。

(1)部屋住みの立場から藩主へ

(2)藩政改革を行う

部屋住みの立場から藩主へ

徳川斉昭は、寛政12年(1800年)、徳川御三家水戸藩第7代藩主・徳川治紀(とくがわはるとし)の3男として誕生。

家督を継承する立場になかった斉昭は、部屋住みとして過ごしていました。

※部屋住みとは、当主に何かあった場合の控え的な立場

幼少の頃から頭が良く、聡明だったと言われる斉昭。

そして、8代藩主の兄・斉脩(なりのぶ)が33歳で他界。

斉脩が「次期藩主は、斉昭に」と遺言書を残していたこともあり、斉昭が第9代水戸藩主に就任します。

藩政改革を行う

斉昭はまず初めに水戸藩の藩政改革を行います。

そして、 日本三大学府の一つ、弘道館の設立。

※弘道館とは、武芸だけではなく、儒学や医学などの学問も学べる藩校。

身分や年齢にこだわらず、一生学べるスタンスをとり、若者から高齢者まで多くの人々を受け入れました。

また、飢饉に備え稗倉(ひえぐら※稗を備蓄する倉庫)を設置

食に対する斉昭の思いは強く、自らの食事を倹約し、部屋住み時代と同じメニューを食べていたと言われています。

隠居させられ謹慎処分となる

斉昭は、寺院の釣鐘などを材料に大砲を鋳造し、廃寺や道端に設置されたお地蔵様を撤去。

後に、弘化元年(1844年)仏教弾圧などを理由に、幕府からの命令で隠居し、謹慎処分を申し付けられます。

家督は斉昭の嫡男、徳川慶篤(とくがわよしあつ)が継承しました

次回は、斉昭の復帰後についてご紹介します。

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