and more...

(1)青天を衝けキャスト紹介・江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜とはどのような人物?

青天を衝けの中で、草なぎ剛さんが演じている徳川慶喜(とくがわよしのぶ)

慶喜と言えば徳川幕府最後の将軍。

そんな慶喜に対し、賛否両論の意見も多く、好き嫌いがはっきりと分かれる人物かもしれません。

では、徳川慶喜とは、どのような人物だったの でしょうか。

そこで今回は、第15代将軍・徳川慶喜について紹介していきます。

徳川御三家・徳川斉昭の子として誕生

徳川慶喜は、烈公こと徳川斉昭(とくがわなりあき)の7男として誕生します。

水戸藩主だった斉昭は、水戸学の思想を重んじて、尊王攘夷を主張する人物でした。

賢くて聡明だった徳川慶喜

徳川慶喜は、天保8年(1837年)第9代水戸藩主・徳川斉昭の7男として、江戸小石川の水戸藩邸にて誕生します。

幼名は七郎麻呂 、少年期は、松平昭致(まつだいらあきとも)と名乗っていました。

第12代将軍・徳川家慶(とくがわいえよし)は、賢く聡明だった慶喜を気に入り、徳川御三卿の一橋家に養子入りさせます。

  一橋慶喜から徳川慶喜へ

弘化4年(1847年)、慶喜は10才で一橋家に養子に入り、一橋慶喜となります。

同年、徳川家慶から名前の一字を貰い、徳川慶喜と改めました。

水戸徳川家は名門の家柄でしたが、これまでに将軍を出したことはありません。

水戸黄門で有名な、徳川光圀は家康の孫にあたる人物。

他の御三家、尾張徳川家・紀伊徳川家に比べると若干格下の家柄でありました。

御三卿は、一橋家の他に田安家・清水家があります。

初回まとめ

烈公・徳川斉昭から厳しい英才教育を受けた徳川慶喜。

第12代将軍・徳川家慶は、徳川御三卿の一橋家に慶喜を養子入りさせます。

才能に満ちた慶喜は、徳川慶喜の恩恵を受け成長していきました。

 

 

 

 

-and more...

© 2021 たくあん Powered by AFFINGER5