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(5) 青天を衝けキャスト紹介・江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜とはどのような人物?

前回のあらすじ⇨(4) 青天を衝けキャスト紹介・江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜とはどのような人物?

大政奉還を行い、倒幕を回避した徳川慶喜。 ところが、薩長はこれに対し、王政復古の大号令で慶喜失脚を試みます。

当の慶喜は、傍観の立場で平常を装っていました。 そんな慶喜を何とか引きずり出そうと薩長は色々な手を画策。

やがて、新政府軍対旧幕府軍による、戊辰戦争へと発展していくことになります。

武士政権が終わりへ

700年以上続いた武士政権が終わり、新たに天皇による政治が復活しようとしていました。

そして日本は、新しい時代に突入します。

鳥羽伏見の戦い

薩長の挑発行為は続き、それまで静観していた慶喜でしたが遂に挙兵を決意します。

旧幕府軍が京都において兵を挙げ、その数1万5千に対し、新政府軍は5千。

ところが、新政府軍が錦の御旗(にしきのみはた)を掲げ、「自分たちが正義の軍」とアピール。

逆に旧幕府軍が朝敵とみなされます賊軍(朝廷に敵対する軍)となってしまった旧幕府軍の士気は下がり、一気に新政府軍が勝利。

慶喜は、早々と僅かな家臣を連れ江戸城に逃亡しました。

こうして、鳥羽伏見の戦いは新政府軍の勝利で終結。

慶喜の逃亡にはいくつかの説があり、水戸徳川家には「幕府と朝廷が争うことがあれば、幕府に背いても朝廷に弓を引いてはいけない」

と言う教えがありました。

慶喜はこの家訓を忠実に守ったのかもしれません。

余生は趣味に没頭した徳川慶喜

その後、江戸城は無血開城され、慶喜は謹慎処分となります。

水戸から駿府(現在の静岡県)へと移った慶喜は、謹慎が解けた後も駿府に永住しました。

余生はカメラや、絵画などの趣味に没頭し、渋沢栄一などごく僅かな人物としか会うこともなかったようです。

そして、77歳まで生きた慶喜は、江戸幕府将軍の中で一番の長寿でした。

また、駿府の人々からは「ケイキ様」と呼ばれ親しまれたそうです。

徳川家康の再来とも言われ、幕末と言うまさに激動の時代に将軍となった徳川慶喜。

朝廷と武士の狭間で葛藤し、波乱続きの将軍人生は、慶喜にとって得るものはあったのでしょうか。

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