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青天を衝けキャスト紹介・北武蔵の天狗・尾高長七郎について簡単にご紹介!

北武蔵の天狗と呼ばれた尾高長七郎。渋沢栄一とは従兄弟同士。

幼少の頃より、神道無念流の剣術を学び、そんな長七郎に栄一も憧れを抱いていました。

やがて江戸に出た長七郎は、幕末の情勢を知り尊王攘夷派として、活動していくことになります。

渋沢栄一に影響を与えた幕末の志士

兄、尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)の影響を受け、水戸学の尊王攘夷思想を信仰していた尾高長七郎。

ここでは、下記についてまとめました。

武蔵野国に誕生

天保7年(1836年)、武蔵野国榛沢郡(はんざわぐん)下手計(しもばかて)村にて、尾高勝五郎の次男として誕生。

兄に尾高惇忠、妹に尾高千代、弟に尾高平九郎がいます。渋沢栄一とは従兄弟同士。

体格にも恵まれ、剣術に優れた長七郎は、栄一の憧れであり良き理解者でもありました。

追われる立場になり逃亡

兄の惇忠が家業を継ぐため、長七郎は単身で江戸に向かい儒学や剣術を学びました。

そして、儒学者の大橋 訥庵(おおはしとつあん)の思誠塾(しせいじゅく)に入門します

文久2年(1862年)、老中の安藤信正が襲撃され た、坂下門外の変が発生。

この計画を企てたのが大橋訥庵でした。 犯行の一身とみなされ、嫌疑をかけられた長七郎は、栄一の手引きにより京都に潜伏。

文久4年(1864年)、同士と江戸に向かっていた長七郎でしたが、通行人を追手と間違えて殺傷してしまい、投獄されてしまいます。

31歳の若さで病没。

惇忠や栄一の訴えも虚しく、伝馬町牢屋敷(てんまちょうろうやしき)に収監されてしまった尾高長七郎。

明治元年(1868年)の夏に自由の身となりますが、同年11月に病気のため逝去。

長七郎は、渋沢栄一らが実行しようとした高崎城乗っ取りや、横浜焼き討ち計画を阻止。

後に栄一は、そのことについて、今の自分があるのは長七郎のおかげだと感謝しています。

尊王攘夷に命をかけ、31歳の若さで亡くなった尾高長七郎。

青天を衝けでは、俳優の満島真之介さんが演じていらっしゃいます。

こちらの展開もまた楽しみですね。

 

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