and more...

(1)青天を衝けキャスト紹介・橋本左内・安政の大獄で処刑されたその生涯とは?

安政の大獄により奪われた若い命。26歳で斬首となった橋本左内は、越前国(現在の福井県)に誕生。

医者の家系に生まれた左内は、幼少の頃より読書が大好きで、学問に秀でた子供でした。

常に向上心を持ち続ける

僅か15歳にして自らの志を書き留めた橋本左内。

ここでは、下記の項目をまとめました。

啓発録(けいはつろく)を執筆する

橋本左内は、天保5年(1834年)越前国常磐町(現在の福井県)に、橋本長綱(はしもとながつな)の長男として誕生。

父長綱は、福井藩のおかかえの医者として働いていました。

左内は15歳の時に自らの志を記した啓発録を執筆します。

1. 稚心(ちしん)を去る(幼稚な心を捨てる)

2. 気を振う(気を奮い立たせる)

3. 志を立てる(目標を立てる)

4. 学に勉む(勉強に励む)

5. 交友を択ぶ(友達を選ぶ)

 

敵塾に入塾する

やがて、父の後を継いで藩医になるため大坂に向かった左内。

緒方洪庵の敵塾で、蘭方医学を学びます

ここでも左内は能力を発揮し、その才能を認められました。

父の死後、福井藩の藩医となった左内。

後に福井藩主松平春嶽から気に入られ、側近として仕えるようになります。

 

松平春嶽の片腕として奔走

次期将軍に、一橋慶喜を推す一橋派。春嶽も慶喜を将軍にしようと、徳川慶福(よしとみ)を擁立する南紀派と対立。

左内も春嶽に同調し、幕政に関与していきました。

後半へ続きます。

-and more...

© 2021 たくあん Powered by AFFINGER5